D二百年の呪いをかけられた島ランカウイ島-マスリの呪いの真実

ランカウイ諸島は百四もの島々からなり、そのランカウイ本島もほんの数年前まではわずか3千人ほどのマレー系住民だけがひっそり と住む、忘れられたような島であった。
実はこの島は今から200年前、ある悲運の美女によって深い呪いがかけられたのだ。
その呪縛から逃れられないように島は孤立した。 かつて英国海軍がこの島に基地を作ろうと検討したが、なぜか計画はすぐにペナン島へと移され、また東南アジアではほぼ全域に 進出した中国人も、この島へやってきたという記録はほとんど無い。ランカウイは地元の人たちだけが知る、孤立した島でありつづけた。
ところが、1980年代の半ば過ぎからマレーシア政府が急激な勢いで観光開発に乗り出し、今では立派なリゾート・ホテルが立ち並び、 ドイツ人や日本人、台湾人などの観光客の姿が途切れることないビーチ・リゾートに変貌した。マレーシア政府の目標は、ランカウイを 第二のペナン島とすることであり、またシンガポール並とはいかないまでも、この小さな島を全世界に知られたフリーポートとして発展させることだ。 この変貌振りの裏には興味深いストーリーがある。

このランカウイ開発に最も積極的な姿勢を見せてリーダーシップを取ったのは、ほかならぬマハティール・モハメッド現首相だ。 だが、ひとつゆるがせにできない枷がこの島にはあった。ランカウイ島には200年にわたる呪いがかけられていて、島の人たちは 皆、その呪いを信じていたのである。
かつてこの島に暮らした悲運の美女マスリは、七代にわたって呪いをかけると言い残した。実のところ、 マハティールはその呪いが解ける時を待っていたのである。
呪いをかけられた一族は今はタイに住んでいるが、ようやくかわいい八代目が生まれ、それを合図にランカウイの観光開発に ゴーサインが出たのだ。マスリは200年の呪いを解いて、心静かに眠り始めた。島の人たちも呪縛のとけたランカウイの空を味わう ようになった。ランカウイが世界に向けて、日の当たる場所へ出てくる時がやってきたのである。

★★マスリの呪い★★

今を去る事200年前、パンダク・マヤと妻シク・アランという仲の良い夫婦がランカウイで静かに暮らしていた。やがて夫婦にかわいい 娘が生まれ、マスリと名づけられた。マスリはそれはそれはかわいい顔立ちの女の子で、すくすくと美しい娘に成長していった。
やがて島の中でマスリの美貌は知らぬ者のないほど評判となり、その噂は王ダト・セリ・ケルマ・ジャヤと妻マオラの耳みも届くところとなった。 「それほど美しい娘であればぜひとも一度会ってみたいものだ」と王は考え、独身の弟ダラとともにマスリと接見した。
 マスリは想像以上に美しい娘であった。そしてただ美しいだけでなく、心の清らかな娘であるように思われた。ダラはたちまちマスリに恋をして、 王はダラの嫁としてマスリを王家で貰い受ける事にした。

二人は盛大な結婚式を挙げ、ランカウイはマスリとダラとのめでたい結婚のニュースで沸き返った。
ところが幸せも束の間、すぐ北の帝国シャムが侵攻してきたため、王家であるダラは戦士たちのリーダーとして戦いに付かねばならなくなった。 命をかけた戦いに出向く最愛の夫を見送りながら、マスリの涙はいつまでも止まることが無かった。

夫が居なくなった後も、マスリは持ち前の美しさと優しさで島の人々から慕われつづけた。それを面白くないのが王の妻マオラである。 マオラはただでさえ夫が居なくて寂しがっているマスリを友人や知人から一切遠ざけ、彼女が独りぼっちになるように仕向けた。

そんなる日、マスリがひとり寂しく木陰で休んでいるところに、スマトラからの旅人デランバンが通りかかった。 彼は島から島への長い旅路ですっかり疲れ果てているようにみえ、マスリは純粋な優しさから旅人を手厚くもてなした。デランバンの方は マスリがあまりに寂しそうに見えたので、彼女の気がそれで少しでも晴れるならと、気の置けない話し相手として、しばらく滞在することにした。
ところが、このことが命取りとなった。日ごろからマスリを心地よく思っていなかった、マオラは絶好の機会とばかり、「夫が戦いで留守にしている というのに、マスリは若い旅人を愛人にしてかわいがっている!」という悪い噂を流したのだ!。

その噂を耳にした王は怒り心頭に発して、ただちにマスリとデランバンを捕らえ、二人の懸命の釈明など聞く耳を持たず、旅人は 丘から突き落として殺し、マスリは、手足を縛った上で王家に先祖代々伝えられるクリス(短刀)により処刑することにした。 美しいマスリは王家へ嫁ぎさえしなければ…またその人気からマオラの嫉妬さえ買わなければ…こうした悲劇的な処刑の日を迎える ことはなかったのだ。

やがて、処刑の時が来て、マスリは見せしめのため処刑場に引き出された。王の命令より、忠臣が王家のクリスでマスリの胸を深く刺し貫く。
その瞬間、処刑場に集まった人たちは驚きのあまり息を飲んだ。マスリは無念さのあまり、潔白の証として白い血を流したのだ。 それだけではなく、「…これから7代にわたって王家と島を呪ってやる!」とすさまじい形相で呪いをかけた。
その呪いがかけ終わると美しいマスリは鬼のような顔に変貌したまま絶命した。やがて夫ダラは帰ってきたが、 妻の悲劇的な最期を知り、傷心のままランカウイを出て二度と戻らなかった…。

マスリの呪いはランカウイ島ではひろく信じられている。実際に、突然の飢餓や疫病が島を襲い、また 海岸の砂が一部で原因も分からないまま黒くなったと言う。
その一方、マスリが白い血を流したのは妊娠して、母乳がつくられていたからだという噂もある。

(アジアもののけ島めぐり-妖怪と暮らす人々を訪ねて-光文社抜粋)